MANI's LIFE ON THE EARTH

コンシャスチャネラー マーニ の日記

"手がかり"に

最近、なんとなく引っかかっていたこと...

 

SNSやブログなどで、時に名言のように、

ご自身の考えを表現する方がいらっしゃいます。

もちろん、そういう場でもあるし、

シェアすることが良かれと思ってのことでしょうし、

もしかしたら、ビジネス的な手法であったりするのかもしれません。

 

それ自体は個々人の自由。

 

ただ、受け取る側は ??

無防備な状態に、スルッと入ってくる言葉。

 

CASE1

それを即 「正しいこと」として認識し、

さらには、その「正しいこと」ができていない自分を

責めてしまうことはないか?

 

CASE2

同意・共感できることは「正しい」と笑顔で頷き、

できないことは「間違っている!」と憤慨することはないか?

 

↑↑↑ 実は、MANI自身の経験です ^^;

 

今は、その内容に共感できるか否かというよりも、

その表現スタイルに多少の違和感を覚えることはありますが、

基本的に

『あぁ、この人はこういう考えなんだな〜』

『へぇ〜』

『ほぉ〜』

『ふむ〜』

こんな感じのどれかです。

 

このことを記事にしようと思い立ったのは、つい先程、久しぶりに

手にした神との対話からメッセージをもらおうかと思って、

なんとなく開いたページから飛び込んできた一節でした。

 

 ものごとは、本質的に「正しい」か「間違っている」かではない。

 

こうやって書きながら、引っかかっていた理由がはっきりしました!

 

楽しいはずのSNSや、たとえ憧れの存在の誰かのブログの言葉であっても、

 

” ◯◯でなければダメ ” 

 

とか

 

” ◯◯しないと幸せになれない ”

 

という類の言葉に 受け取る側の心が乗っ取られるようなことが

ないといいなぁ... と思うのです。

 

語弊があったらいけないのですが、その言葉がいけないわけでも、

その言葉の発信自体がいけないわけでも決してなくて、

受け取る側のスタンスとして、

その言葉を受け取って、自分がどう感じるか、考えるかを探る

”手がかり” にできたらいいなぁと思う次第です。

 

 

過去のちょこっと苦い経験から...

そして 自戒を込めて...