MANI's LIFE ON THE EARTH

コンシャスチャネラー マーニ の日記

父のこと...

ここしばらく、よく父のことを思い出します。

父の誕生日前後だからかなぁ。

あ、その日は、祖母の御命日でもありました。

親子の絆強過ぎ!? ^^;

 

と書いたら、近くでおしゃべりしていたカップルの女の子が、

「昨日お父さんの誕生日だったんだけどね、・・・」

ですって! 笑

 

神戸でのセッションの後、握手してくださった方に

「柔らか〜いっ!」って言われたなぁ。

父譲りなんです。父は私と違って^^; 瘦せ型だったのに、

手だけポチャポチャ。私よりポチャポチャでしたから。

そして、手相はものすごくクリアでシンプルだった記憶が。

 

昔の人だから、という以上に、気難しいところもあった父。

へそを曲げたら、なかなか戻らず、私がいつも和ませる役。

 

子どもの頃から家族の外食といえば、馴染みのお寿司屋さん。

カウンターに家族四人で座り、お好みで食べさせてくれて

自分は嬉しそうに呑んでいたこと。母はいつもハラハラしていたっけ^^

大人になってからは、私も一緒に熱燗にも付き合うようになり

さらに嬉しそうで、そんな父を見て私も嬉しかったこと。

今ひとりでも平気でカウンターに座れるのは、

この経験のおかげだったのね! *^^*

 

小学校4、5年生の頃だったか、高熱を出した時、

父が言った一言で、ものすごく怖くなったこと。

「◯◯しちゃうぞ!」だったか「◯◯になっちゃうぞ!」

だったか... 言葉自体は思い出せないのだけれど、

その場面は今でも思い出せる。

うなされながら、(今言わないでよぉ〜 涙)と思ったこと。

だって、ちょうど音楽でシューベルトの『魔王』を習ったり、

『ヘレンケラー』の伝記を読んだばかりだったので...

今では、父はとても心配だったのだとわかるけれどね。

そして、私自身が息子にそういう言葉を発していないか !?

と自戒する次第です。 絶対やってるぅぅぅ 💦 すまぬ息子よ🙇

 

息子が生まれて、短い間だったけれど、超甘々なおじいちゃんに

なってくれたこと。

 

母が病気だとわかった時、母の長姉に、「自分が最後まで面倒を

みる」と言ったと聞いたこと。

結局自分が先に逝ってしまったけれど。

 

価値観の合う人と結婚しなさいって、意識がちょっと朦朧と

していたかもしれない病床で言われたこと。

もう結婚しちゃってますけど^^; と思ったけど。笑

 

そうそう、家人が結婚の挨拶に来てくれた時、ものすごくご機嫌

だったこと。ちょっとくらい拗ねてくれても良かったんだけど。笑

そして、結婚式の時の御神酒を飲むタイミング、何度リハしても

フライングしちゃったこと。笑笑笑

そうだ、私の白無垢姿を見て、「馬子にも衣装だな」と嬉しそうに

憎まれ口を放ったことも (--;

 

最期の時、たまたま病院で付き添っていた明け方、

不意に目が覚めて、その時を見送れたこと...

最期まで弱音を吐かなかった父。

 

書棚には、大好きな歴史関連の本の他、

シャーリーマクレーンの『アウト・オン・ア・リム』や

立花隆の『臨死体験』など、結構マニアックな本も混ざって

いたことに、ずいぶん後になって気づいた。

 

父のこと、書き始めたら、記憶がさらにあっちに行ったり

こっちに行ったり、止まらなくなってしまった・・・ 

 

ホロスコープを見てもらった時、8ハウスの状態を見てか、

目には見えないけれど脈々と続いているもの、ご先祖様との

つながりを感じられる、そういうことで安心感・安定感を

持てるのでは?と言われたことを思い出しました。 

 

皆既月食直前、色々な感情や想いが浮上してきているの

でしょうか🌕✨

 

 

やっぱり、父とゆっくり話してみたかったなぁ・・・

お寿司屋さんのカウンターで二人でゆっくり話したかった・・・

"当時の"ではなく、"今の"自分で。ははっ、無い物ねだり^^;

 

そう言えば、先日、何がきっかけかわからないまま、息子に

ファザコンと言われましたが、改めて今、自覚しました *^^*

幸い!? 息子は呑めそうな気がするので、もう少し待って、

息子に夢を叶えてもらうことにしようっと😚

 

 

すでに超パワフルな満月時間🌕✨

皆さま どうぞご自身に優しくゆったりお過ごしください❤️